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2006/03/06

それも一つの優しさ。

ふるかわ(夫)は葬儀から、帰ってきて、その日はとても落ち込んでいましたが、だいぶ元気になってきました。話を聞くに、葬儀の間は自分が落ち込んでいることが、よく分からなかったけれど、帰ってきた途端、自分が悲しいんだということに気がついたそう。

ああ、そういうの分かるな~、と思いました。私も、先輩の葬儀の時そうだったから。祖父や叔母が死んだときは、ダイレクトに悲しみが胸に入ってきたけれど、先輩のときは死を認めたくない気持ちが強くて、頭が受け入れを拒否している感じでした。

相手に悔いが残ると、そうなるのかなあ。。。

後悔で頭がいっぱいで悲しみに気がつく余裕が無かったんだろうな、と。今まで自分は理知的でそういう感傷に浸ることは無いと、思い込んでいたから、ダブルショック!!だったそうな。

私から見れば、とても優しい人だから、むしろ泣いてくれてほっとしました。ずっと我慢しているように見えたので。大学院に入って、論理的に思考することを訓練しているうちにそれが普通になってしまったのだと、自分でも言っていました。

ほんとはとても繊細で優しい人なんだよね。(文章にはそれがぜんっぜん、現れていないけど)

見ていて損をしているな、と歯がゆくなる時があります。

文章は、短ければ短いほど良い

と、言ってはばからない頭でっかち。根拠と結論、この二つのみを明快に記して、余計なこと(自分の感情)は一切書かない。アドバイスは、相手の文章から読み取れる、相手の必要としていることにのみ答える。自分の分からないことは、想像では書かない。

‥それも、一つの優しさなんじゃないかと思うんです。

少なくとも、質問に対して感想や自分の経験をひけらかすだけで終わるだけの回答より、ずっと親切で優しい。私はそう思います。

でも、硬質で、一見とりつくしまのないように見えるから、特に女性の反感を買いやすくて、、、損をしているな、と見ていて面白くない時がある(--)。感情を文章に乗せればいいのに、といくら言っても聞く耳を持ってくれない、頑固者のふるかわ(夫)。

時々、反感をかってしょげたり、ぐれたりしている時もありますが、それでもまた懲りずに同じ文体でアドバイスをしてあげる、彼が。。。誇りです。

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コメント

話せば話すほど、とりとめなくなってしまって、「と散らかってる人」になり、うまく伝えられなくて誤解されそうだからと言葉少なくなると「よくわからない人」になってしまって、一対一や少人数ならいいけれど、ある程度の人数の中では戸惑ってしまうんだよね、、、。そういうのって、少ない人数の中で育ってきたからなのかなぁ。
身近な人の死を悲しめるのは、その悲しんでいる自分を受け止めてくれる人がいる根底の安心感があるからだと思うんだよね。
素敵な夫婦だね。

投稿: 桐 | 2006/03/06 03時01分

お二人の状況が判って心暖まりました。
今月末には、カナダに帰る(行くのかも)ことになり会える機会は少なくなりそうです。
できれば一度伺いたいと思っています。龍ヶ崎の妹に行くかたがらですが。メールアドレスを無くしたので連絡くだされば光栄です。

投稿: toshi | 2006/03/07 04時34分

いい話だな・・・と読んで 感心。
コメントを読んで・・・、又 感心。  う~ん。。

文章は、 短い程~ には 共感。
おいらも、 それをめざしてます。

ただ、相手のある事なので・・・。 難しい。。
俳句とか短歌ぐらいが、 理想。

でも、一曲ぜんぶ歌う事で心が
通じるなら、それも いいのかと。

最小公倍数を探す様に、 言葉
少なく 最短距離を攻めるも良し、

最大公約数を探す様に、 範囲
を広げ 共通項を見つけるも良し。  (^^♪

方法論は違っても、相手に心が
通じればいいんだけどナカナカ・・・。(^^ゞ

投稿: 綾小路シャボン玉 | 2006/03/07 15時19分

身近な人の死

人の死に対する感情って、
すごく心の奥深い所にしまいこまれてるんだと思います。
でなきゃ、普段生活していけないもの・・。
だから、自分でも気付かないそんな気持ちがあって、
それが死によって噴出してくるのかなぁ・・って。
めちゃくちゃ悲しい事ですが、
そう感じる事が生きてる自分らの宿命なんだと思います。
身近な人の死って、つらいものですね・・。

投稿: | 2006/03/07 15時57分

名前を書くのを忘れてしまいました。(汗)

旦那さんを、慰めてあげて下さい。
でも、理解してあげる事が一番の優しさなのかな?

・・・・・・・・・・・・・・・・・もしかしたら、
ただのノロケ話だったのかも知れない。

いや~、あてられちゃったな~! (^^ゞ

投稿: イチロー | 2006/03/07 16時05分

晃さん、こんばんは。
ふるかわさんに対する愛を感じちゃう。特に〆がすてき。

よし。ミミも端的に。文章は短ければ短いほど良い。
(まあそれだけが真実でない。それは真実のひとつと思うが。)
ふるかわさんの姿勢は論理的思考と言われるもので、
わたしは好きですよ。特に根拠なき批判とか、根拠にならない
根拠で平然と結論(の正当性)を装おうとかも嫌いますから。
根拠を出せないなら、せめて「ごめんなさい」がマナーと思う。
最近もどこかでふるかわさんの書き込みを見かけたけど
発言に論理の矛盾も破綻もなく、そこにバカな感情論などを
差し込むこともなく、とても真っ当でした。好印象ですよ。
硬質で取り付くしまもない、とか思ったことないです。ほんと。
が。わたしはそんな感想を持ちつつ、根拠と結論をつなぐ
プロセスを重視する傾向あるし、想像力とやらも大切にしているかも。
それに曖昧模糊な心理的側面などにも注目する場合があるわけだ。
経験的仮説もあるかな。それに文章が長い(爆)ほら、これもね。

何はともあれ、おふたりが仲良くやってるみたいでうれしいです。

投稿: ミミ | 2006/03/07 22時27分

>皆さん、コメントどうもありがとうございました。
どのコメントをとってみても、心がこもっていてとても嬉しかったです。

状況を全然説明せずに、感情だけぶつけたような日記に、わざわざ‥ありがとうございます、ほんと。

後で聞いてみたら、ふるかわ(夫)はおばあちゃんが入院して、状態が悪化していく中で、相等気持ちがピリピリしていたそうです。

今のところ、後にも先にも彼が泣くのを見たのはあれ1回きりで‥もしこの先泣くときがあるとしたら、同じように身内が死ぬ級の、悲しい出来事がある時なんだろうな。

ま、それだけショックだったのであらう。自覚してないおばあちゃん子な、ましゃ君。

投稿: 戸倉晃 | 2006/05/11 16時05分

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